たのおか旅行ノート

旅行をいろんな切り口で書くブログです。

弘前の観光スポット「歴史」視点ででまとめてみました

青森県弘前市にやってきました。

弘前の観光と言えば、どんなイメージをお持ちでしょうか?

弘前城、桜、ハイカラな建物、フレンチレストラン…いろいろ思いつきますよね。

このようにバリエーション豊かな観光スポットを擁する弘前ですが、どんな歴史があるのか、気になりませんか? 和風・洋風の雰囲気が混在しているのはなぜでしょう?

そんなわけで今回は、弘前の歴史という切り口で観光スポットをまとめてみました。

これから弘前を訪れるに向けて、一歩深く観光を楽しめる記事になればと思います。

それではどうぞご覧ください。

※2019年3月に行った「北海道&東日本パスで行く東北鉄道旅行」4日目①の記事になります。

岩木山と岩木山神社:奈良・平安時代

岩木山:山岳信仰の対象

標高1,625 mの岩木山(いわきさん)は青森県の最高峰。日本百名山にも選ばれ、津軽富士とも呼ばれる弘前のシンボル的な山です。

岩木山のことを「十二単を拡げたようで、透き通るくらいに嬋娟たる美女」と喩えたのは、弘前を含む津軽地方に生まれた文豪・太宰治。

美しさもさることながら、すそ野が大きく広がっているため、まるで山に抱かれているような感覚の風景です。

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雲がかかってますが美しさは伝わりますかね!

 

岩木山神社:奈良~平安時代に創建

この岩木山は古くから山岳信仰の対象とされてきました。この美しさですから畏敬の念を集めたのもうなずけるところです。

麓には岩木山神社、山頂には岩木山神社奥宮があります。津軽国一宮(その地域で最も格の高い神社)であり、「お岩木様」と呼ばれて地域住民からも親しまれている神社です。

岩木山神社の創建は、最も古い説では宝亀11年(780年)とされています。その後、延暦19年(800年)、岩木山大神の加護によって東北平定を為し得たとして、坂上田村麻呂が山頂に社殿を再建したそうです。

坂上田村麻呂は征夷大将軍として東北に赴いて胆沢城(いさわじょう)を築き、蝦夷のリーダー、アテルイ(阿弖流為)を降伏せしめた人物。この二つの出来事があったのが802年のこと。

時代で言えば奈良時代の終わり~平安時代の始まりに当たり、岩木山神社は弘前の中でもかなり歴史の古い観光スポットと言えるかと思います。

<参考サイト>

manareki.com

manareki.com

 

弘前城と城下町:江戸時代

江戸時代より弘前藩の城下町として栄えてきた弘前。見どころはお城だけではありません。城下町を丸ごと楽しみましょう!

 

弘前城:東北唯一の現存天守

弘前城は別名を鷹岡城あるいは高岡城とも呼ばれ、日本100名城にも選ばれています。

弘前城が建てられたのは江戸時代。津軽為信(ためのぶ)・信枚(のぶひら)父子により1611年に築城されました

その時に造られた天守閣は落雷による火災で一度は失われますが、1810年に再建されます。この天守閣が現在残っているもの。そんなわけで弘前城は東北地方で唯一の現存天守閣を持つ城として知られています。

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石垣修理のため移動中

 

弘前城の見どころは天守だけにあらず。私のイチオシが南側にある大手門です。

弘前城には3棟の三重櫓(サブ天守みたいなイメージ)と5棟の城門が現存します。追手門はその中の一つ。

ご覧ください、これがたくましいというか骨太というか。弘前城屈指の見どころと私は思っています。
このたくましさの理由は、豪雪に耐えうる雪国仕様であること。東北地方ならではですね。

 

禅林街と長勝寺:お寺だらけ! 城下町の裏鬼門を守る

弘前城の南西には曹洞宗のお寺ばかり、33の寺院が集まった通りがあります。禅林街と言い、1610年に2代藩主信枚が津軽一帯の寺院を集めて造った寺町です。

まっすぐな並木道沿いにずらーーーっと並んだ寺院群は圧巻。

南西の方角というのは風水的には裏鬼門にあたり、不吉な方角とされます。古い街においては鬼門や裏鬼門の方角に寺・寺町を設けることで魔除けを施していることもしばしば見られます。

例えば平安京、すなわち現在の京都市街地の場合、鬼門である北東方向に比叡山延暦寺がありますよね。

そして禅林街の一番奥にあるのは長勝寺です。

日光東照宮と並び称される江戸時代初期の代表的な建造物で、津軽家最初の菩提寺、すなわり先祖代々のお墓があるお寺ということになります。

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仲町の武家屋敷群:弘前の重伝建

弘前城築城当時は北門である亀甲門が大手門でした。この北側に広がるのは旧武家屋敷群。重要伝統的建造物群保存地区、いわゆる重伝建に定められています。

町並みが良く保存されているほか、旧伊東家住宅、旧岩田家住宅、旧梅田家住宅、旧笹森家住宅の四棟が一般公開されており、内部を見学することができますよ!

 

弘前のハイカラな建物・文化:明治・大正時代

明治維新以降、ここ弘前には教育に力を入れるため外国人教師が多く招かれました。

同時に明治政府が実施した神仏分離政策により神道や仏教に混乱が起こると、キリスト教が広がりを見せました。

そのため弘前には明治・大正時代に多くの洋風建築・教会が建てられ、現在も残っているのです。

街を見渡せば、文化の面でも西洋の影響を大きく受けたことが感じられます。

 

明治・大正時代の建造物

こちらは旧第五十九銀行本店本館(青森銀行記念館)。明治12年に建てられたルネッサンス調の洋風建築です。中も見学できますよ。

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こちらは旧東奥義塾外人教師館。明治36年に招かれていた英語教師の宿舎として建設されました。

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さらに旧弘前市立図書館。明治39年に日露戦勝記念として建てられたものです。ルネッサンス様式。

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他にも数々の教会群藤田記念庭園など、明治・大正時代のスポットが数多く残っています。

 

「珈琲の街」「洋食の街」弘前

弘前の街を歩くと、「珈琲の街」とか「洋食の街」といったコピーを良く見かけます。

先ほど説明した通り、明治時代以降(前後?)弘前は西洋文化の影響を大きく受けました。そのため洋食やフレンチのレストラン、喫茶店などがとても多いのです。人口当たりのフレンチレストランの数は弘前が日本一なんだとか!

ハイカラなお店でオシャレランチとカフェを極める、というのも弘前観光の楽しみなのです。

コーヒーに関しては、幕末時代に弘前藩士が 浮腫病の予防薬として飲んだのが日本人最初、というような歴史もあるようです。

参考:珈琲の街ひろさき

 

お昼はフレンチ! 「ポルトブラン」さんへ

というわけでせっかくなのでお昼はフレンチを食べてみました。

「ポルトブラン」さんを訪問。フレンチというと身構えますが、ポルトブランさんは比較的敷居が低く、カジュアルに楽しめます。

まあでも、やっぱりちょっぴりくらいめかしこんだほうがいいのかも?

さすがフレンチとあって、普段はなかなか味わえない一歩手の込んだ味が味わえました。リンゴを作った料理も出ましたよ!

「ポルトブラン」さんは弘前城からも近く徒歩でアクセス可能です。

 

青森の名産リンゴも明治の弘前発! 

青森県の名産リンゴ。弘前はリンゴの生産量日本一の街でもあります。

明治8年、米国人宣教師であるジョン・イング師が、キリスト降誕祭で教え子や信者達にリンゴを分け与えました。このとき初めて青森県に西洋リンゴがもたらされました。

なんと、リンゴも西洋からの影響だったのですね!

 

「歴史」視点による弘前の観光スポット:まとめ

弘前の観光スポットを「歴史」視点でまとめてみました。

弘前は歴史の古い街なので様々な観光スポットがあります。これらをただ見て回るのもいいのですが、この土地に積みあがった歴史を整理していくと、また違った見方ができて面白いかな~と思いトライしてみました。

弘前の歴史をたどると、今や押しも押されもせぬ青森の名産・リンゴに行きついたのも興味深かったです。

弘前は江戸~明治の歴史が入り混じった魅力的な観光地。また訪れてみたくなりました。

これから弘前を訪れる方にはこの記事がお役に立てば幸いです。

 

お読みいただきありがとうございました! 今回はここまで。

それではまた次回!

<前回記事:「北海道&東日本パスで行く東北鉄道旅行」3日目③>

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<次回記事:「北海道&東日本パスで行く東北鉄道旅行」4日目②>

しばらくお待ちください!

 

<東北の歴史に興味を持たれた方はこちらもどうぞ>

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