たのおか旅行ノート

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世界遺産・平泉の歴史観光 なぜ? を知ればもっと楽しく!【後編】垣間見る浄土の世界

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世界遺産として非常に有名な岩手県・平泉の地にやってきました。

【後編】では平泉がなぜ世界遺産として認められたのかについて考えながら、各スポットを巡っていきたいと思います。

【前編】に引き続き、これから平泉を訪れてみたいという人に向けて、旅行前に知っておけば観光がもっと楽しめる! というポイントを解説していけたらと思います!

この記事が読者の皆様のお役に立つことを願っております。

それではどうぞご覧ください!

<【前編】をまだお読みでない方はこちらからどうぞ!>

www.tano-oka-trip.com

※内容はなるべく間違いが無いよう頑張りますが、歴史は割と苦手のため至らない点もあるかと思います。ご容赦ください。

※2019年3月に行った"北海道&東日本パスで行く東北鉄道旅行"2日目③【後編】の記事になります。 

 

平泉が世界遺産として認められた理由

平泉は世界遺産に登録されていますが、その正式な登録名は仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群と言います。まずはこの題を紐解いてゆきましょう。

 

浄土信仰(思想)とは?

まず押さえておきたいのは登録名に含まれている浄土、あるいは浄土信仰という言葉。平泉を語る上では無視できない思想です。

浄土思想は、阿弥陀如来を信仰し、西方極楽浄土に往生することを目指す思想である。

引用:平泉 - Wikipedia

阿弥陀様を最上の仏さまと位置づけ、浄土(=阿弥陀様の住む理想郷)に行くことを目指す、憧れるというような意味合いです。

行けば一切の煩悩や穢れから逃れられるという救いの地、それが浄土です。

<こちらの記事でもう少し詳しく解説しています>

www.tano-oka-trip.com

 

浄土信仰と平泉

さて、平泉と浄土信仰にはどのような関係があるのか、説明いたします。

平泉には寺院や庭園が点在しています。そしてこれらは浄土をかたどり、浄土を象徴して造られていたものなのです。寺院や庭園は平泉の地に理想郷である浄土を表現している、と言い換えることもできるかと思います。

救いの地である浄土を造り出そうとした、あるいは手の届く場所に置いておきたかったのかもしれませんね。

このような考え方で造られた遺跡群は、海外の影響を受けつつも日本独自に発展したもので、他に例のない稀有なものだそうです。ここが世界遺産として認められた理由のポイントなのではないかと思います!

 

世界遺産・平泉の5つの構成資産

さて、ここまでの予習を踏まえて平泉の観光に参りましょう!

次の5つの資産によって構成されています。

  • 中尊寺
  • 毛越寺
  • 観自在王院跡
  • 無量光院跡
  • 金鶏山

今回の旅で実際に訪れたのは中尊寺と毛越寺。こちらのレポートをする前に残りの3つのスポットをご紹介しておきます!

 

観自在王院跡

観自在王院跡(かんじざいおういんあと)は奥州藤原氏二代基衡の妻によって建立された寺院の遺跡です。奥州藤原氏については【前編】にて触れましたね!

浄土を表現した浄土式庭園が広がります。

 

無量光院跡

無量光院跡(むりょうこういんあと)は奥州藤原氏三代秀衡によって造営された寺院の遺跡です。巨大な阿弥陀堂の跡地だそうです。

宇治平等院の鳳凰堂(いわゆる平等院鳳凰堂)を模して建立したもので、浄土庭園の最高傑作といわれています。

 

金鶏山

金鶏山(きんけいさん)は平泉町にある標高 98.6 m の山。神聖な山とされ、毛越寺・観自在王院跡・無量光院跡の3つは金鶏山を中心に位置を定めています。

 

中尊寺:平和への祈り

ここからはようやく実際に訪れた中尊寺のレポートになります。悪天候のため写真が少ないですがご容赦ください。

今回は駅から徒歩で移動しました。レンタサイクルもありますが、ありにくこの日は雨降り。各スポットへはバスも出ています。

 

中尊寺が建立された理由

中尊寺を開いたのは比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)という人。その後、奥州藤原氏初代清衡が堂塔の造営、つまりお寺の建物を作りました。

すでにこの記事では奥州藤原氏の名前が登場していますが、ここでも出てきましたね。初代清衡は、後三年の役で勝利して生き残り、奥州藤原氏の始祖となった人物です。

清衡が中尊寺を建立したのには慮り深い理由があります。それは東北の地で長く続いた戦乱、すなわち前九年・後三年合戦で亡くなった人々や生き物の霊をすべて慰めること。そのために清衡公はこの地に浄土を形作り、表現しようとしたのです。

清衡が中尊寺を建立する際に起草した中尊寺建立供養願文というものがあります。ここに中尊寺を建立した清衡のすべての思いが結晶しているように思われます。リンク先から是非一読していただきたいと思います。

中尊寺建立供養願文:世界遺産平泉の総合案内 いわて平泉 世界遺産情報局

【前編】の記事から続く内容がかなり繋がってきましたね!

 

月見坂

駅から徒歩20分くらいで月見坂のふもとへ到着します。中尊寺へはこの月見坂を登って向かいます。結構きつい上り坂です。樹齢300年以上の杉並木が立派。

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中尊寺本堂

厳かな雰囲気の本堂。一山の中心となる建物です。法要儀式の多くはこの本堂で行われます。中尊寺と言えば金色堂を思い浮かべるかと思いますが、こちらの本堂からもまた重厚な歴史の重みを感じます。

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中尊寺金色堂

中尊寺金色堂、この皆金色の阿弥陀堂も清衡による建物です。細部にわたり意匠が凝らされており、極楽浄土のありさまが表現されています。金箔だけでなく細部に施された螺鈿細工の装飾も見どころです。

須弥壇(しゅみだん)、すなわち本尊を安置する場所には奥州藤原氏4代の亡骸が収められ、そしてその上には本尊である阿弥陀如来がおわします。

実はここに来るまで、山の中にあの金色に輝くお堂が現れるのかと期待していましたが違いました。現在では保護のためコンクリート造りの覆堂(おおいどう)に収められています。

覆堂に関しては鎌倉時代には木製のものがすでに作られており、現在は旧覆堂として重要文化財に登録され、北西に移築されています。

こちらも見学することができ、中では金色堂修復のメイキング映像が放送されています。この映像、かなり見ごたえがあります。こちらを先に見てから実際の金色堂を見学すると、いかに高い技術で作られたものなのかをより感じられるかもしれません。

 

毛越寺:浄土を描いた庭園

中尊寺から歩いて毛越寺へ向かいました。天台宗別格本山と位置付けられるお寺です。

毛越寺は慈覚大師円仁が開山し、藤原氏二代基衡から三代秀衡の時代に多くの伽藍(=寺院を構成する建物)が建立されました。当時は非常に規模の大きなお寺だったようです。

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奥州藤原氏滅亡後は、災禍によりすべての建物が焼失してしまいましたが、大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がは現在でもほぼ完全な状態で保存されています。

 

池を中心とした庭園が広がり、極楽浄土の世界を再現しています。ここに当時は華麗な伽藍が立ち並びそれは見事なものだったでしょう。非常にインスピレーションが刺激されます。奥州藤原氏が目指した浄土の世界を垣間見る気持ちです。

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平泉の歴史観光【後編】:まとめ

今回は平泉の歴史観光【後編】をお送りいたしました。

平泉が世界遺産として認められた理由、そして中尊寺・毛越寺をはじめとする寺社を建立した奥州藤原氏の思いに触れられた気がします。

もともとは”知識”をまとめるつもりで記事を書き始めましたが、終わってみれば平和を希求する”思い”に心打たれています。

これから平泉を訪れる予定の方が、この歴史と祈りの深みに触れられたら、そしてこの記事がそのお役に立てたら良いなと思います。

 

今回はここまで。また次回!

 

<前回記事:"北海道&東日本パスで行く東北鉄道旅行"2日目③【前編】>

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<次回記事:"北海道&東日本パスで行く東北鉄道旅行"2日目④>

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