たのおか旅行ノート

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【世界遺産へ】百舌鳥・古市古墳群 訪れる前に押さえておきたい予備知識

訪れる前に押さえておきたい百舌鳥(もず)・古市古墳群の予備知識についてまとめました。

古墳時代ってどんな時代?

百舌鳥・古市古墳群を知る上ではまず古墳時代の理解が欠かせません。
まずはそこから。

古墳時代は古墳が多く造られたためこのように呼ばれます。
だいたい4~6世紀を指し、弥生時代の次、飛鳥時代の前になります。

弥生時代と言えば稲作・弥生土器邪馬台国など、飛鳥時代と言えば聖徳太子大化の改新壬申の乱などがキーワードとして挙げられるでしょうか。
つまり、高床式倉庫と法隆寺の間の時代なんだな~と思うと歴史オンチの私はイメージしやすかったです。

 

古墳時代の支配構造

古墳時代はヤマト政権が人々を支配した時代です。
ヤマト政権は豪族(=力を持つ一族)の支配する小国が数多く存在し、さらにそれらを大王(おおきみ)というトップが束ねるという支配構造になっていました。
大王は後に天皇と呼ばれるようになります。

 

古墳とは?

古墳とはすなわち権力者のお墓です。
権力者とは大王や豪族(後には有力農民なども)のことを指します。
権力を後世に示すため大きいお墓を作ったのです。
古墳時代に多く造られたのは前方後円墳と言われるもので、台形と円を組み合わせた形の古墳です。
鍵穴の形のイメージですね。

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前方後円墳(出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』前方後円墳の頁)

 

ヤマト政権は畿内(=現在の近畿地方)を中心に勢力を持っていました。
そのため現在でも近畿地方には古墳が多く残っています。
一方で地方にも古墳は残っており、その中でも重要なのは、稲荷山古墳(埼玉県)や江田船山古墳(熊本県)です。
出土した鉄剣や鉄刀にはどちらもワカタケル大王と刻まれており、ヤマト政権の支配力が全国に広がっていたことがわかります。

古墳の周辺には埴輪(はにわ)が置かれました。
埴輪は素焼きで作られるもので、円筒形の円筒形埴輪や、人型・動物型・家形をした形象埴輪があります。
後者からは当時の生活を知る手がかりを得ることができます。
ちなみに埴輪がなぜ置かれたかについてははっきりとは分かっていないそうです。

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埴輪(出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』埴輪の頁)

 

その他 古墳時代の出来事

478年にワカタケル大王が宋(中国)に朝貢します。
朝貢とは力を持った国に貢物をすることで、一つの国と認めてもらい、国交を結ぶことを言います。
ワカタケル大王は宋からは「倭王 武」と呼ばれます。
また、後に雄略天皇と呼ばれるようになります。
ワカタケル大王=雄略天皇倭王 武となります。

4世紀後半のこのころに漢字が伝来し、513年には儒教孔子の教え)が伝来、538年には仏教が伝来しました。
これらを伝えたのが朝鮮半島からやってきた渡来人です。

 

百舌鳥(もず)・古市古墳群 とは?

さて、時代背景と古墳のイメージが付いたところで本題に行きましょう。

 

百舌鳥(もず)・古市古墳群 何がすごいの?

分かりやすいサイトがあったので引用します。

百舌鳥・古市古墳群は、大阪の南部、堺市羽曳野市藤井寺市の3市にまたがる巨大古墳群であり、堺市の「百舌鳥」と羽曳野市藤井寺市の「古市」の2つのエリアに分かれながらも、一体性・連続性をもっています。
この古墳群では、4世紀後半から6世紀前半にかけて200基を超える古墳が築造されましたが、現在でも89基の古墳が残っています。
最大の古墳は仁徳天皇陵古墳(墳丘長486m・国内第1位)で、応神(おうじん)天皇陵古墳(同425m・2位)、履中(りちゅう)天皇陵古墳(同365m・3位)、ニサンザイ古墳(同300m・7位)、仲姫命(なかつひめのみこと)陵古墳(同290m・9位)、仲哀(ちゅうあい)天皇陵古墳(同245m)がこれに続きます。
こうした墳丘長が200mを超える古墳は全国に40基近くありますが、うち11基は百舌鳥・古市古墳群に存在し、これほど巨大前方後円墳が集中している地域は国内でも他に例がありません。

引用:百舌鳥・古市古墳群とは|世界文化遺産登録をめざす 百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)

要するに、でかい古墳が国内でも類を見ないほど集中的に存在しているということですね!
前方後円墳の形は日本独自のものですし、仁徳天皇陵古墳については平面的な大きさはピラミッドや始皇帝陵よりも大きいので世界でも類を見ない、と言っても過言ではなさそうです。

次は個々の古墳を具体的にご紹介します。

 

大仙古墳(仁徳天皇陵古墳)について

大仙陵古墳は百舌鳥エリアにあり、その大きさは全長486m。
国内最大、というか全長で言えば世界最大の墳墓になります。
もちろん前方後円墳です。
その名の通り仁徳天皇が眠っておられます。

仁徳天皇は善政を敷き大規模な土木工事を行ったと伝えられます。
そのおかげでこんなに大きなお墓を立てることができたのでしょうか。

大仙古墳は田出井山古墳(反正天皇陵)、石津ヶ丘古墳(履中天皇陵)と合わせて百舌鳥耳原三陵(もずのみみはらさんりょう)と呼ばれます。

仁徳天皇前後の天皇とそれぞれの陵墓を知ってると古墳巡りをしたときに分かりやすい気がするのでまとめておきます。

第15代 応神天皇 誉田御廟山古墳 @古市古墳群御廟山古墳 @百舌鳥古墳群
第16代 仁徳天皇 大仙古墳 @百舌鳥古墳群
第17代 履中天皇 石津ヶ丘古墳 @百舌鳥古墳群
第18代 反正天皇 田出井山古墳 @百舌鳥古墳群

雄略天皇は第21代にあたります。

 

大仙古墳へのアクセス

JR阪和線百舌鳥駅」下車 徒歩8分

それでは早速、百舌鳥古墳群へ行ってみましょう!

tano-oka2.hatenablog.com

 

参考サイト

百舌鳥・古市古墳群 日本語TOP|世界文化遺産登録をめざす 百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)

仁徳天皇陵古墳|スポット|堺観光ガイド

古墳時代 - Wikipedia

前方後円墳 - Wikipedia

仁徳天皇 - Wikipedia

埴輪 - Wikipedia

 

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